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観たものきろく

バレーボール観戦記録と、そこからアレコレ妄想しているブログ

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何かをやってみたいな、と思った時、自分にやるだけの時間・余裕・能力があるのかどうかをもう少し吟味する必要がある、んだな。

ただやってみる前から「うーん、でもさ、どうせさ…」みたいに諦めて、やってもないのにああだこうだ言うことはしたくなかった。

できるのなら、自分でやってみて、目にしたり行動したりしてみたかったのだ。

で、やってみたのだけど、それを他人がどう思うかはさておき。一番上に書いてあることを実感したのだ。結果としてはよかったなって思えたから、よかった。

 

私はバレーボールを見てるけど、戦術のこともわかりたいと思っているけど、どうも理解するのもゆっくりで、そして情報を探したり、見つけようとする能力もそんなに高くないのだなと段々3年目に入ってわかってきた。

情熱がないと言われればたぶんそうなんだと思う。自分の中にわかろうとしても、そこに私の肉付けはない。知識だけが上滑りしていく感覚でものを考えるのは私にはどうにも苦痛なのだ。

ただ、そんな私にもやるのが得意というか、やれることがあって、現地で観戦するということはどうも得意らしい。

1人でふらっと行くのも苦痛ではないし、体育館で一人で見てるのも普通だ。だから現地に行くということへのハードルが低いんだと思う。

そして日本のあちこちを観戦していて、雰囲気を感じながら、単純に、日本ではないどこかで観戦したなら、どんな感じなのだろうと、それをやってみたいと思ったのだ。

 

前置きが長くなりましたが、そういうわけで、8月にポーランドにバレー観戦に行くことにした。というか、行くのはもう去年から決めていて、そして準備もしています。ツアーでは試合を見る第一条件がクリアできないし、自分であれこれ準備した方が早いのかも、と思い、個人手配で準備をしました。そして一人旅です(今更不安)

 

行ってみた結果、あんまり日本と変わらないじゃん?と思うかもしれない。それならそれでいいなとも思っている。だけど画面の向こう側で応援している人たちと、同じ空気を味わってみたいと思った。その結果がどうなるのかはわからない。わからないけど、なんとかここまでは素晴らしい出会いにも恵まれて、なんとか準備を進められているから、やりきろうと思うのだ。(でも無事に帰ってきたい…ビビり)

備忘録0521

夜中の試合を見たりしていたのだけど、そのうち眠気に勝てなくなった。

自分にとって、バレーはもうそんなに大した比重じゃないのかなと考えたりした。

実際そういうところはあるんだと思う。

ただ、年末からついここ1か月くらい、仕事で余裕をなくしていた。

そういう時、睡眠時間がストレス解消になっていたのかもなー。と今は思う。

事実、年末からはランニングの回数も乏しく、毎日毎日が疲れていて、ちょっとちやほやされたい病にもかかり、睡眠が安らぎだった。

 

(とはいえ、旅行(バレー遠征)先で走るのは楽しみの一つだったので、大分マラソンのコースの一部を走ったり、大阪城公園走ったり、皇居ぐるぐるしたりして遊んでいたので、ランニングの興味は失ってなかったのだなと今更ながら確認しております。)

 

いろいろ他人と比較して焦ったり、自分が試合を網羅できていないのにファンを名乗っていいのかとか、今こうやって書いていてワラッちゃお!状態ではあるけど、考えていたのだから、やっぱり頭がかなりイカレテイタのだと思う。

 

よけいなものをくっつけると、楽しめなくなる。

 

そういうわけで、今日起きられなかったけど、再放送があるし、自分にとって大事なのは、今日の試合は「見る」ことだから、それでいいのだ、と思ったほうがなんだか自分が楽しくなるよ、っていう、そういうお話。

 

それではまたフラフラ・ぼちぼち・ほそぼそと。

10月の覚書

試合観戦するとき、面白そうだなーと思うカードや、気になる選手がいるかどうかを基準にしながら決めているところもある。

が、暗黙のうちにもう一つの基準が自分にはあって、それは自分がつながりができた人たちの見ているものを見るというやつである。

どんなのかなという興味本位で見始めるところもある。ただやっぱり、この最後の基準は自分にとっては慎重にやらないと崖から滑り落ちるくらいのレベルで危ないやつだ。その自覚をもって見ているつもりだったけど…たまにやっぱりやらかしているやつでもあると思う。

自分が見たかったものって、いったい何だったんだっけ?と思考の迷宮に入り込んでしまうわけだったりする。

色々もう一度精査しないとならないなと思う気持ちをここに覚書として。

天皇杯東北ブロック予選を見に行ったよ

忘れないうちに覚書

9月3日(土)天皇杯東北ブロック予選1日目@福島明成高校

土日定休ではない職種なのだが、たまたま半休で、あれ、これ行けるんじゃ…?と2日前くらいに気がついた。仕事終了後急ぎ新幹線に飛び乗るも、東北本線とのつなぎが悪く、目当ての試合のうち1つはろくさま見ることができなかった(残念)

体育館は高校の体育館という感じで、高校生以来の「はしご」で二階観覧席で。あのころすいすいと上り下りできたものだったが、今やかなり危なく、加齢を感じました。

福島大学v仙台大学

福島大学は春リーグ1位だったし、仙台大学は春リーグちょっとぱっとしなかったので福島大学が圧勝かしらと踏んでいたのだが、そんなことありませんでした。

1セット目は仙台大がとる。1年生アタッカーコンビの運動量の豊富さと、今回のチームキャプ田村君がさぼらずよく動いていたのが印象的。ただ、11番後藤君を活かしきれてなくて強打のクイック(11かな)を決められない。セットが低かったり、ニアネットだったり、後藤君に合わないセットが多くてティップが多く惜しいなあと。20番黒須くんのほうが強打だった。

1セットで印象的だったのは、19(20かも)‐24の局面。あと1点とれば仙台大がセットをとるという局面。ここで福島大が3連続ブレイクして23-24まで詰めた。(2点くらいは仙台大の攻めたミスなんだが、ここでやるかーという感じ)あと1点を決めきれないというゲーム展開はよく見る。これは次のセット福島大がとるだろうなという予感を持った。

2セット目は福島大。徐々に温まってきたのかなと感じさせる福島大で、ブロックが分断されることが少なくなっていたし、しっかりワンチをとったり、相手コートに跳ね返すことができるようになっていた。点をとられていたのは強打のディグの時にはじいてしまった時が多かった。あと、点をとりたいところでしっかりクイックを使っていたのが勝因かと。そして伊藤くんのサーブのよさだったように記憶している。

3セット目は17点目くらいまでもつれまくるシーソー試合だった。ただ、どちらかというと仙台大のサイドが通らなくなっていて、MBのうち一人が強打できない、ブロックが振られまくって分断されてぴょんぴょん多いという展開だったので、福島優勢かとにらんでいた。

勝負を決めたのは、仙台大17-19福島大の局面。福島大が2点リードしているけど、まだひっくり返すことはできるな、サーブで攻めればという局面。仙台大はサイドにあげた。そこを福島大阿部君がキルブロックで17-20。これで勝負は決したなと思った。

 

仙台大も同時に3枚で助走に入ったりしていたけど、どうもばたばたしていたのとブロックが昨日していなくてディグ頼りになっちゃっていたのが痛かったかなということ。あとは攻撃に入る時に約束事がすっとぶのかなという感じの動きが見えた。秋までに修正できるといいけれど。

福島大は阿部君と伊藤くんが本当に頼りになるけど、伊藤君がいなくなったあとどんなチームになるのかな、というのがまだ見えないので、それを楽しみに。あと、伊藤君が決められるうちはいいけど、それ以外の攻撃を思考しているのかなと不思議になることが多い。伊藤君がつぶれれば攻略できやすいチームに見えるのが気にかかる。

 

とりあえず今日はここまで。

 

熱狂の中で感じたこと

SNSを覗いて、好きな記事読みたい記事素敵な写真にファボをつける行為だけに終始して、自分の意見を呟けないのは、自分の中でやはり結論が出ていないからなんだと思い至った。結論というのは、野田秀樹が描いて見せた「エッグ」と、実際のオリンピックというのが、ずっと小骨のように引っかかっていたからである。

それをまとめないまま無自覚に閉会式を見ていたのだけど、予想外にその現実と虚構がリンクしてしまった。同時に自分の抱えていた、いろんな違和感が噴出してしまって、なんというか、少し落ち着こうぜと思ったのが一因であった。

で、自分がどうオリンピックを咀嚼して、どう自分の感想としてまとめ上げるかをやった方がいいような気がして、こうして書いている。

野田秀樹の描いたエッグは、自分には、自分自身を持つこと、というテーマに見える。これは「逆鱗」でも感じたことであった。この2作は自分の中では密接につながっていると思う。戦争が主題なこともあるのだが、そのずっとずっと奥には「声を挙げる必要性」とか「思考する必要性」とか、そんなことを感じる。

話を戻す。

スポーツ観戦をしていて、自分が突然現実に引き戻されるのは、熱狂に触れたときだ。「エッグ」で見た、熱狂の恐ろしさというか、気持ち悪さというのを思い出して、途方もなくドン引きしてしまう。熱狂は周囲を巻き込む嵐のようなもので、自分の中に生まれた僅かな違和感や疑問を押し流してしまうような感じがある。自分が好きなチームを見ていても、自分が熱狂に押し流されていて、自分の思うような試合展開にならなかった際に相手のことを傷つけてしまうような感情を制御する必要がある。だって、相手チームを応援する人たちだっている。自分の向こう側にも人間が存在することを忘れたくない。(これができる人もいると思う。私はできないだけ。)

椎名林檎さんが閉会式のセレモニーで使った曲の題名は「望遠鏡の外の景色」である。

曲を準備することもできただろうと思うに、なぜこの曲を使ったのかをずっと考えている。単純にオリンピック上のナショナリズム批判というか、戦争批判というか、そういうことじゃないと考えている。なぜならあの曲の著作権はもちろん椎名林檎さんにあるのだけど、「エッグ」のレッテルがべったり貼ってある曲を無自覚に使うほど考えてないわけではないと思う。

何より、その曲を使うことを野田自身だって知らないわけないだろうし。

熱狂の中にありながら、自分の声を殺さないこと、望遠鏡を覗く行為に夢中になりつつも、望遠鏡から目を離したときに、視点は180度も270度も360度も変わり得ることを自分の中にとどめておくことを忘れたくない。

エッグから自分が読み取ったのは、そういうことだったようにと思う。

東京を待望しつつも、望遠鏡の外の景色も見続ける必要性を投げかけていたようにも、あの閉会式セレモニーからは感じた。というか、感じたいでいる。

4年

リオオリンピックが終了した。(リオパラリンピックも控えているが、ここでは書きたいことの本題とずれるのでそれについては触れない。)

男子バレーボールの試合はできる限り、体力が続く限りはリアルタイム視聴していた。その試合も昨日決勝戦、3位決定戦が行われ、メダル獲得国も決定した。これをキャリアを区切りとする選手の表明もちらほら出てきている。

以前にSNS上で、オリンピックと他の大会との違いは何だろうという問いを見た。ナショナリズムなんじゃないかとかわかったようなことをその時言ったのが恥ずかしい。オリンピックは、祭典なのだなと見ていて思った。試合というより、祭典。皆がそこに向かっていくエネルギーにあふれたそういう試合の集合なんだ。だから祭典、と思った。

そのエネルギーは蓄積に4年かかるのだろうなと見ていて思った。バレー以外の競技も多く見ていたのだけど、そんな感情は最後までついてまわった。

だから簡単に4年後とは言えない。簡単に東京で待っているという言葉を私は言えないし、4年後はきっとメダルだとか、さらに上を、とかそういうことは言えないなという気持ちになりながら見ていた。試合が終わったその瞬間から、どの国にもどの選手にも等しく時間が流れていく(はずだ)けど、確証もなにもない状態でこつこつと続ける地道な作業が始まってゆく。

メダルとか、そこだけじゃなくて、その4年間を1刹那、1日と積み重ねていく姿を、ちゃんと自分の気持ちに素直になりつつ、見ていたいと思う。その先で応援したいなと思う、そんな気持ちを持ったオリンピックだった。

そういう意味では、自分の中でSNSの潮時が来ている気がする。

ランニング近況

近況。

ぼちぼち走ってるけど、走り出すとどうも左のふくらはぎが張る。走り続けるとそのうち痛くなくなるけど原因はなんだろう。

なんとか怠けないで1クール目が終了。

フォームもかえたいなあとか、走ってるとどうも肩が緊張してバッキバキになるのもツライなあとか。悩みの中にいます。

今日から東京に行き、新宿御苑あたりを走るつもりだったけど、天気よ保ってくれ!