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観たものきろく

バレーボール観戦記録と、そこからアレコレ妄想しているブログ

4年後の未来に向けて

東日本インカレの決勝戦を見に行ってきました。

現在目下W、私は深夜観戦で忙しく(日本戦は心がすさむので一回も見てません)十分な睡眠時間の確保ができないため、頭がいかれていましたがチケットも買ったし、日帰りで東京まで。

(集中力にはまったくもってかけていましたが)楽しく試合観戦できたし、何より中央大谷口選手、早稲田大学喜入選手のハードワーカーに大変楽しませていただいたのでした。

ただ、見ていて気になった点がいくつかあったので自分の備忘録代わりに書き残します。

1点目、基礎技術について

特に2段トス。正直な感想を言えば雑だなと思ったことが多かった。うまいといわれてる選手でもそうだった。それと1本目をSがとり、ボールが乱れ、2本目をS以外がコートの端から対角線上にパスするときに距離感のミスからか3本目が相手コート、もしくはコート外に落ちるとか。基本技術の範囲内ではないのかと自分は思ったんだがそうでもないんだろうか。

2点目、サーブ戦術について

サーブ戦術があって試合に参加しているのかは見ていて正直わからないのが多かった。サーブでどこを狙うのか、はっきり意識してサーブを打っていると印象に残っているのは、早稲田の喜入。あとは力いっぱい打ってる感じ。でもそれではなあ。

 

戦術についてはまだ詳しくなく、大して何も語れないのだが、大学での4年間をどう過ごすかというのは、結構大事なんだと感じている。

その4年間を経たあと、日本の場合は企業に入社してセミプロバレーボーラーとしての日々が始まる。選手の技量によっては、全日本に召集されて世界を相手に戦うことになるんだろう。でもこれではと一抹の不安を感じたのは事実である。

なにも大学バレーを否定したいわけではない。選手たちの戦いぶりに楽しませてもらった面も十二分にある。だけど、が付く。(つづく

 

或る記録(バレーボールリオ予選に関して)

もう2週間ほどが経過しようとしているが、バレーボールリオデジャネイロオリンピック予選を見に東京まで行った。

目当ては2つあった。

1つ、海外の選手たちのプレーを実際にこの目で見届けたい

1つ、ワールドカップを経て、日本代表がどんな試合をするのかを見たい

もともとチケットをとろうと決めた時点では、2つ目の気持ちが強かった。そして日本代表が戦うであろう海外の選手たちがどんなプレーをしているのかを知りたかった。だから海外戦を見出したという経緯があった。

USAとの親善試合を見た際、私はUSAのプレーにばかり目がいった。それはUSAの方がわくわくするプレーの連続だったからだ。この時点で、OQT突破は厳しいのかもしれないと思い始めた。

結果として、日本代表は突破できなかった。私は海外戦を猛烈に楽しみ、ネットの画面で見ていた海外のスターとの遭遇に心躍り、そして日本戦では泣いてしまった。

泣いた理由は2週間たってやっと整理できてきた。

1つ目、あの会場の中で、あふれる情報量の多さに処理の限界がきた

2つ目、その会場が、選手の高揚感を煽る装置として機能しており、ケガでも強行出場しようとするそんな選手の姿を見ているのがつらかった。

3つ目、自分と周りの考えていることの違い

この辺も別エントリで書こうと思う。とにかく、完璧に負けだった。そのこと自体は別にショックではなかった。

戦術としての不備、選手の有効活用ができていないという件についてはその通りだと思う。あと、日ごろ拝読しているsputnik0829さんのブログでも

 

今、世界のバレーボールのトレンドは多様性にあると思う。 つまり引き出しの多さと、それらをいかに適切に使うかが問われている。

こだわらないこだわり - Stay Foolish

 とあって、賛同した。こういうのもあったのだろう。WCでの(それまでの過去と比較した場合の)成功体験にこだわり、囚われてしまったのかもしれない。

 

大会から2週間がたち、様々なメディアが今回の試合の総括記事を書き連ねている。そして選手自体のコメントもちらほらではあるが出てきたのも一応読んでいた。

ただ、自分の中にするすると響いたのは、その中でわずかなものであった。

言わされている感、謙虚なようでいて、その実は傲慢なのではないかと思う言葉もある。それは文脈や背景を踏まえる必要があるから、決めつける気はないが、どうも違和感がぬぐえなかった。

この点に関しては別エントリに分けるとして。

今自分の頭の中であるのは、

1つ目、様々な反省材料を述べているにも関わらず、選手選考についての記事がない

2つ目、海外志向に触れている文は多いが、海外の現状についてまで踏み込んでいない(過去にも海外挑戦している選手は大勢いるが、あまり触れていない)

3つ目、現状戦力でどうすれば勝てたかの振り返りがない(将棋なんかである、感想戦が大手メディアからはたいして上がらない)

この3つから考えると、「現状把握してないのかしら」と思っても仕方ないとは思う。そしてその現状把握ができていないのに、その先がうまくいくはずがないと思う。これは、自分の先生からの教えであり、そして、自分が実感したこと。

 

今、自分の中には、東京で惨敗したら恥、的な気持ちはない。恥ずかしいとかは不思議と思わない。でもそこに駆り出される選手たちを思うと、なんとかしてくれと思う。それは恥ずかしいことになる前にという焦りの気持ちではなくて、願わくば彼らがもてる限りの力を尽くしてぶつかりあう試合を見たいという、祈りなのかもしれない。

 

ある異文化交流に関しての一文

その試合が終わった後、私は対戦相手の国から試合観戦にやってきた人と話す機会を得た。

その人は私にこう聞いた、ように記憶している。

「今日の試合は私たちにとって、素晴らしいものだった。あなたはどうだった?」

その時私はちょっとウソをついた。厳密には彼女にウソはついていないのだが、自分にウソをついた。

「今日あなたたちの国の選手は素晴らしいプレーだった、私はずっとわくわくしてた。本当に興奮した」

間違ってはない。だけど自分が感じた肝心なところを答えることをしなかった。

だからたぶん今もぐるぐるとしているし、それはその後の試合を見ていてもずっとぐるぐるついて回っていた。

確かに私はその相手方のチームを応援していた。直前の親善試合的な大会でも租が見えて、この大事な試合を突破できないのではないかと内心本当にハラハラしていた。これは事実。だから「勝ってよかった」と思った。これも事実。

でも、自分が目を背けてしまった、言えなかったことはこうだった。

「自分たちの国の選手は正直もっとできると思っていた。もっとワクワクする試合になるんじゃないかと思っていた。だけどそうではなかった。試合に対して十分に準備できないままに、あの会場で試合の日を迎えてしまった。それが私は残念なんだ」

 

そして今、クラクフからやってきた、あの美しい人にまた会えたならこういうと思う。

 

「私たちの国は、素晴らしい試合をするとか、その試合でベストを尽くす以前の段階で何度もつまづいてしまっています。私はとてもそれが残念です。そしてそれをどうしたらいいのかずっと考えている。でも答えが見つからなくて、今も、苦しい」

 

モチベーション

たまに走ったりしている。

と言っても、元々が健康診断で引っかかりまではしないものの、あれ、これは…と思い、一念発起して走り始めた。

のだが、ここにきて何度目かの挫折が始まってしまった。

一度走り始めるととても楽しい。特に3kくらい過ぎたあたりからは楽しく走れているような気がする。とはいえ、へなちょこなので、一度に走れる距離は10kにも満たないくらいなのです。

なんとかモチベーションを上げたくて、それがきっかけで走っている方のブログを拝見している。皆すごい。楽しそう、って思うのだが。どうにも走る前の筋トレが嫌だったりする。なんだかな。あと、今年買ったシューズが合わないような気もしていて、走っていて足の裏がたまに痛くなる。走らなくなると元に戻るのだけど。

困ったなあとか思いつつ、楽しいコースを探している…。

責任とはなんであるのか。

「自分の責任で(大きい大会には)行けませんでした」

 

長年ずっと考えているのだけど、果たしてこれは適当な記述なんだろうか。

バレーボールという大会を見るようになって、何度かそういう場面に出くわしたことがある。自分のせいで大会進出を逃してしまった、自分の調子が上がらなかった、ケガをしていた云々かんぬん。そして糾弾へと続く。選手をやめてしまう。もしくはギリギリのところまで煮詰まってしまう。それは視聴者の本位では決してないはずだと思う。少なくとも自分にとってはそうだ。

 

元々の出典が今わからないのだが、こういう記述を見かけた。

責任とは行為に対する論証・説明をすることが本意だろう。」

これを元に考えると、一番上の記述は「大きい大会(たとえばオリンピックとか)」に対する論証や説明が足りていないことになる。清水選手がケガをしたからというだけではオリンピックに行けなかった説明にはなりえない。もっとも、ケガをしてしまうような練習方法があったとしたら、それは遠くではあるが説明になりえそうである。

2008年に予選を通過できたファクターはなんであったのか、そして2012年予選を突破できなかったファクターはなんであったのか、論証や説明をすることのないまま、「あの時行けなかった悔しさを胸に~」とか、「夢は断たれた~」とか、そういうこと「だけ」をマスコミの電波でガンガン流してしまう。論証や説明は内部ではひょっとするとおこなわれているのかもしれない。ただ、視聴者にはそれがわかりにくい。

論証や説明が行われているその可能性を感じながら選手のインタビューを聞くのは、どれくらいの人ができているんだろうか。そして、選手が自分の責任です、で言葉を終わらせる仕掛けが変わるには、何ができるんだろうか。

 

NCAA championsship その1

アメリカの大学リーグをたまにぽつぽつ見ている。

きっかけはtwitter上にて、アメリカの大学リーグを見ていた方が、ベンチの選手たちがラインダンスをやっているとつぶやいていたのを見て興味を持ったからだ。

その後、時間ができた時にのみ見ている有様なので、全然真面目ではない。

面白いなーと思うことその1。各国の有望な若者たちがちらほらと登場してくることだ。見ているとフランスとかプエルトリコとか、確認してないけど苗字を見る限りロシアからじゃないのかなとか、色々いらっしゃる。あ、ノルウェーの選手もいる(これはtwitter情報)みなアメリカの大学を目指してやってくる。それはアメリカの大学が、バレーボールの基礎をみっちりやってくれる養成機関として海外からは見られている、ということなんだろうか。

アメリカはfundamentalsを重要視するという。その基幹の部分が何物かはよくわからないのだけど、一つ一つの要素(サーブとかレセプションとかブロックとか)というよりは、一続きの何かをぐるっとさせてそして指導しているようなそんな感じがする。

その2。フランスの選手っていうのは状況判断がうまい。これまたtwitterで教えてもらったのだけど、15/16シーズンポーランドでプレーしていたティリがアメリカの大学在籍中に出た試合の動画を見た。よく相手のコートが見えていて、強打で攻めたかと思えばゆるく打ってまた絶妙に落とす。ティリは確実にいいプレーをする。そうした片鱗をまだ20かそんくらいの若いfrench manに感じた。のっけからサーブで緩急つけて攻める。なんだか末恐ろしい。ヌガペもルルーもよくコートが見えている印象だけど、きっと彼もなんだろう。szerszen。その名はポーランド語で蜂だという。面白そう。

東北1部と2部と黒鷲と

自分の中にあるバレーボールに関する問いは、とてもシンプルです。

「なぜそこにいれたのか」ということに尽きます。

もともとの出発点は、おそらく2004アテネOQTで、そして2008北京OQTなのだと思っています。津曲勝利選手に尽きます。とにかくなぜ津曲選手はそこにいられたのか?それが不思議で夢中で見続けてた記憶があるのです。もちろん、山本、越川、松本、石島、朝長、そして荻野など熱くなるプレーを繰り出してくれた選手たちの存在もあるんですが、ね。

そして熱が再燃した後、この問いがますます気になったのが2015WCのアメリカでした。なぜそこにいれたのか。津曲選手に始まった問いは、どうやらUSAのコートに立つ全員に言えることで、全員が有機的に、一つの生き物のように動く姿に不思議さを覚え、そして今の今まで続く問いの原動力にもなっています。それがあったからこそのスロベニアなんだろうな、とも思うのではあるが。

 

全員が有機的に動けるのは、事前の綿密な打ち合わせに依るところが大きいのか、それとも、全員がその場にいて、とにかく動きを合わせていく練習に依るところが大きいのか、私はバレーのプレーする側にいたことがないのでわかりません。でも、色々見ていていつも共通しているのは、勝てるチームは「そこにいた」、負けるチームは「そこにいなかった」。何もトランジションについて、レセプションについてのみ言えることではないのだと思います。サーブを打つ順番だったり、ローテだったりもするんだろうと思っています。ただ勝てるチームは間違いなく「そこにいる」ことが多い。

こういう現状をしっかり満たしているのが、おそらく今期の豊田合成だったと思うのです。そしてこの現状を激しい振り子のようにいったりきたりしまくったチームが今期の堺だったとも思います。それを「ノリ」という言葉で言ってしまうのはたやすい、でも豊田合成には「あって」堺に「なかった」ものはなんだったのか?黒鷲で豊田合成には「なくて」ジェイテクトに「あった」ものはなんだったのか。あの日、仙台大には何かがなかったんだけど、それはなんだったのか。でもそれを福祉大がもっていたといえるのだろうか。尚絅は持っていたけど、それはなんだったんだろう。

「なぜそこにいるのか」その問いに対する答えを探して、色んなバレーボールを見ています。そしてうすぼんやりと、その問いに対する答えはつかんでいるので、あとはその答えを下支えする根拠をかなり長い時間をかけて探していくのみです。

 

 

じゃあ今のJapanNTにそれがあるのかと言われるとどうなんだろうね。