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観たものきろく

バレーボール観戦記録と、そこからアレコレ妄想しているブログ

東北1部と2部と黒鷲と

自分の中にあるバレーボールに関する問いは、とてもシンプルです。

「なぜそこにいれたのか」ということに尽きます。

もともとの出発点は、おそらく2004アテネOQTで、そして2008北京OQTなのだと思っています。津曲勝利選手に尽きます。とにかくなぜ津曲選手はそこにいられたのか?それが不思議で夢中で見続けてた記憶があるのです。もちろん、山本、越川、松本、石島、朝長、そして荻野など熱くなるプレーを繰り出してくれた選手たちの存在もあるんですが、ね。

そして熱が再燃した後、この問いがますます気になったのが2015WCのアメリカでした。なぜそこにいれたのか。津曲選手に始まった問いは、どうやらUSAのコートに立つ全員に言えることで、全員が有機的に、一つの生き物のように動く姿に不思議さを覚え、そして今の今まで続く問いの原動力にもなっています。それがあったからこそのスロベニアなんだろうな、とも思うのではあるが。

 

全員が有機的に動けるのは、事前の綿密な打ち合わせに依るところが大きいのか、それとも、全員がその場にいて、とにかく動きを合わせていく練習に依るところが大きいのか、私はバレーのプレーする側にいたことがないのでわかりません。でも、色々見ていていつも共通しているのは、勝てるチームは「そこにいた」、負けるチームは「そこにいなかった」。何もトランジションについて、レセプションについてのみ言えることではないのだと思います。サーブを打つ順番だったり、ローテだったりもするんだろうと思っています。ただ勝てるチームは間違いなく「そこにいる」ことが多い。

こういう現状をしっかり満たしているのが、おそらく今期の豊田合成だったと思うのです。そしてこの現状を激しい振り子のようにいったりきたりしまくったチームが今期の堺だったとも思います。それを「ノリ」という言葉で言ってしまうのはたやすい、でも豊田合成には「あって」堺に「なかった」ものはなんだったのか?黒鷲で豊田合成には「なくて」ジェイテクトに「あった」ものはなんだったのか。あの日、仙台大には何かがなかったんだけど、それはなんだったのか。でもそれを福祉大がもっていたといえるのだろうか。尚絅は持っていたけど、それはなんだったんだろう。

「なぜそこにいるのか」その問いに対する答えを探して、色んなバレーボールを見ています。そしてうすぼんやりと、その問いに対する答えはつかんでいるので、あとはその答えを下支えする根拠をかなり長い時間をかけて探していくのみです。

 

 

じゃあ今のJapanNTにそれがあるのかと言われるとどうなんだろうね。